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忘れえぬ陶人

第一回板谷波山先生のこと
私が撮影したもので、昭和32年頃だと思います。
私が撮影したもので、昭和32年頃だと思います。高潔無垢の巨匠。
初めて板谷波山先生にお会いし接したのは、昭和28年(1953年)の第一回陶藝巨匠展の作品の出品依頼の為に、東京田端のお宅に父、黒田領治に同行したのが最初である。
小高い丘の上にあった先生のお宅の回りには、まだ空地ばかりで田畑のなかのあぜ道のような細い道を通って行った。広い道は他にあったが、父は、波山先生との親交で幾度も訪問するうちにどうやら近道らしいこの細い道を知ったのだろう。

先生のお宅は有名な陶芸家の邸宅とはとても思えぬ質素な造りであったのを記憶している。痩身の板谷波山先生は白い作業着を着ておられた。医師が着けるような仕事着にはところどころに陶土や釉薬が染みついていた。印象的なお姿であった。作業着は奥様のお手作りのもので、気に入られていつもそれをお召しなのだと仰った。

応接室は簡素なお部屋で何も飾られていない。父との親しい会話を横で聞いていた。しばらくの世間話の後、新作品を取りに奥の部屋に行かれ、作品を一点お持ちになられた。「これをど−ぞ」とテーブルに置かれる。作品についての説明は助手を務められていた現田市松さんをお呼びになって、現田さんが先生に代わって丁寧に説明された。現田さんは温厚な印象であった。板谷先生は憚ることなく助手の下仕事を褒め感謝を言われた。

幾たびかの訪問はいつもこのようなことであった。先生は寡作ゆえ、作品を選ばせていただくことはできませんでしたが、今思うと良い作品を私どもの為にご用意していただいていたと存じます。
板谷先生は、G・ワグネルの教え子平野耕輔の指導による三方焚口の倒焔式丸窯で作品を焼成されていた。戦後のあの時期、原料の調製が悪く、器表面に鉄粉が出てたいそう困っておられた。
葆光彩磁(ほこうさいじ)の作品の苦心談を話された。「作品に出た鉄粉を深夜遅くまで、細く鋭い錐のようなものでほじくり出すことをするんだよ」「滑稽だね」とまだ若い私に秘密を話される。処置した後、上釉を施し再度焼成して仕上げる工程までも披露された。波山先生には、実直純粋なお人柄を感じていました。

昭和30年頃、既に波山作品の価格は高価。青磁の香炉で8万円で販売していたのを覚えている。大卒初任給が数千円だったと思います。それほど高価であっても波山作品が入ればお客様がすぐにつき、そのため田端へはよく伺った。偉大な巨匠の素顔はとてもにこやかで優しい人でありました。

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